私小説:お題「夏」

授業で書いた私小説を載せます。作りも文章も粗いです。感想を貰えると嬉しくなります。

 

【本文】

 

 学校帰りの圭はじっとり汗をかいたまま、団地のコンクリートがむき出しのひんやりとした玄関に座り込んでいる。圭の家の表札は「218」と番号が書いてあって、小さい頃に手作りした苗字のプレートは色が日に焼けていて誰が住んでいるのかが分からないくらいにボロボロだった。緑で金属の重たい扉を開けば家の中に入れるのだが、ジジジジジジジジと団地の壁に引っ付いている蝉の鳴き声が耳に詰まって座りこんだまま動かない。
 足の先に熱い光が当たって靴先の色が強く目に刺さる。


 圭にはいくつかの外面がある。
 圭は学校では溌剌とした元気なヤツだった。友達とよく遊び、よく学び、テストでは何かしらの勉強で一番をとって帰ってくる。ひとりぼっちの子供がいたら声をかけて遊びに誘う優しい子供だった。


 圭の母親は最近仕事に行かなくなった。団地の緑で金属の重たい扉を開ければ中にいるのだ。

 

 圭は最近外面を操作出来なくなってきている。学校で友達と笑っている時に突然頬が濡れるのだ。なぜ涙が出てきているのかわかっていない。
 蝉がボトッと靴の先に落ちてきた。圭はハッとして立ち上がり、重い扉を小さな体で引っ張り家に入る。
 空いたビール缶のすえた匂いが圭の鼻をついた。部屋の中で一番賑やかな場所に顔を向けてみると灰皿からこぼれるタバコの吸殻と臭い液でベタベタな空き缶、その中で母親がきゃーきゃーとテレビの俳優に向かって手を振っている姿が目に飛び込んできた。
 圭は控えめに「ただいま」と言って、空き缶で埋め尽くされて少し歩く度にカシャカシャと音がする床を、足の裏を怪我しないようひっそりと歩いて、冷蔵庫の中にある麦茶を飲もうとした。

 しかし、部屋の中で一番賑やかなところから圭目掛けて吸殻が入った丸ごとの灰皿が飛んできた。肋に灰皿があたり鈍い音が圭の小さな身体中に響いて、散った中身が肌に飛ぶ。圭の細い左腕に火のついたタバコが落ちた。自分の汗と肉が焼ける臭いを嗅いだ。肋を打って息ができずに涎をダラダラ垂らしその場にうずくまる圭を見て、とても無邪気に声を出して母親は笑っている。
 圭はこの時、まだこの女のことを母親として愛していた。それと同時に、「いずれお前を殺してやる」と心の深いところに強く刻んでいた。